( Page 4 / 8 )«...<23456>...»
早春の花畑訪問のつもりで以前から計画していた南房総行きを雨天決行しました。しかし雨は降り続きそればかりか前日のチリ地震の余波の津波を伝えるラジオが「海岸に近づかないでください」と繰り返しています。それであえなく行き先変更です。
亀山温泉の日帰り入浴施設「嵯峨和」で露天風呂を楽しみました。露天風呂から亀山湖が望めます。コーラのような色で肌にまとわりつくようなぬめりがあるお湯にゆっくりと浸かっているとみぞれが雪に変わりました。

お風呂の後は「牡丹鍋」をいただき、体が温まりました。
お腹一杯になったので、大多喜城見学です。俄か勉強によれば、戦国時代真里信清により築城、その後正木氏里見氏と続き徳川家康の重臣本多忠勝の代で天守閣をもつ現在の姿になったそうです。

内部は博物館になっていて、資料が展示されています。
城郭脇に咲いていた紅梅が可憐です。

2010/03/01 (月) 13:08
固定リンク
コメント (0)
トラックバック (0)
Travel,国内
国営武蔵丘陵森林公園の紅葉がライトアップされていると聞いて紅葉を見にでかけました。
南北に長い園内は縦断すると5キロにも及び、遊歩道、サイクリングコース、ドッグランが走り、植物園や庭園樹見本園などが点在しています。子供向けの施設もあっていろいろな楽しみ方ができる施設です。

ライトアップされているというカエデ見本園をめざしましたが、悲しいことに大方は落葉していました。その中で設置された照明器具が太陽の光を反射して光っていました。
ハーブガーデン前のハンギングバスケットは渋めの色合いでなかなか良かったです。




2009/12/12 (土) 11:31
固定リンク
コメント (2)
トラックバック (0)
Travel,国内
7000品種6万本の薔薇が植栽されているといわれる日本有数の薔薇園をもつ記念公園まではるばる出かけてきました。広大な園内をくまなく周るにはたっぷり1日はかかりそうです。よく知られた銘花から新しい品種まで万遍なく植栽されてまた関西圏のためか初めて目にする薔薇も多く心躍る時間でした。
パローレ チャーミーニコル


エチュード 朝ぼらけ


きらり キャンドルライト


セツ子 ミスイタリア


ディープシークレット エリナ


夢想 サマーファッション


ゴールデンホリデー オリンピックファイヤー


余りに広い園内で、最後に回ったテーマガーデンでは疲れ果ててほとんど素通り状態になりました。ここに載せた薔薇はお初にお目にかかった薔薇のごくごく一部です。画像はメモと首っ引きで名前を確認しましたが、なんでタグも一緒に撮らなかったのかと後悔しました。
園内にはターシャ・チューダーの庭を模して造られた庭とショップが併設されていました。余り広くないですが、良い雰囲気のお庭です。




その他園内にはいろいろな施設がありました。
霧を発生させる噴水 霧のプレリュード

これは花の展示や販売をし喫茶室のある花トピア。後方に見えるのは展望台です。

メインの遊歩道です。

2009/11/07 (土) 9:27
固定リンク
コメント (4)
トラックバック (0)
Travel,国内
秋の1日島崎藤村の故郷馬籠を訪れました。
馬籠は中山道43番目の、宿場町としては珍しい坂のある場所にひらけた宿場です。木造の建物が狭い石畳の道の両側に並ぶどこか懐かしい街並みです。



藤村記念館は、代々本陣庄屋を務めた島崎家の屋敷跡に昭和22年に建設されたものだということです。
訪れたのは平日ですが、観光バスが何台も停まりやや老に傾く老若男女で賑わっていました。
おじさんが一人で奮闘していた茶店で食した名物五平餅はなかなかの味でした。短い行列ができる店の前の段ボールの空き箱にドサッと投げ入れられていた五平餅の棒の数の多さに驚きました。

2009/11/05 (木) 10:16
固定リンク
コメント (6)
トラックバック (0)
Travel,国内
菱川師宣=「見返り美人」の作者という知識しか持たずに参加した小さな旅でした。
まずは菱川師宣記念館から。
見返り美人のお出迎えです。


このモデルが現代であれば美人かどうか微妙なところです。350年もたてば美の基準も変わってしまうものなのでしょう。

江戸時代初期の「浮世絵の祖 菱川師宣」は千葉県保田の出身です。当時保田は江戸への水運で栄えていたそうです。縫箔刺繍を生業とする家に生まれその下絵を描いていた師宣は江戸に出て修行を重ね、当時上流階級の楽しみだった肉筆画の浮世絵を、版画にすることによって庶民に広めていった功績が評価されています。浮世というとまず遊郭そして芝居が代表で、そこから題材をとり庶民の人気を得ていったようです。
知られている「見返り美人」は肉筆画で現在上野の国立博物館が所蔵していますが、常設展示ではないらしいです。この記念館のものは模写ということになります。
師宣の生家跡には記念碑が建っていました。菱川家は直系ではないながらも今も保田にあるそうです。

師宣のお墓は元禄16年の津波で流出し、現在の墓石は昭和2年と平成5年に建てたれたものだそうです。

次の写真は菱川師宣とは関係ありませんが、鋸南町の史跡として紹介してもらったところです。
1枚目は里見氏ゆかりの日蓮宗富士興門派の本山のひとつ「妙本寺」 2枚目は「源頼朝上陸地」です。頼朝はここに漂着して14日の間に房州豪族を見方につけその後北上し鎌倉に入ったそうです。


保田は海水浴場としてはよく知っていましたが、その昔江戸の文化が船によって伝えられる地であったこと、また漱石や西条八十の愛した地であったこと、戦いに敗れた頼朝が漂着した地であったことなどは初めて得た知識でした。
講師の話は興味深いものでしたが、お天気には恵まれず風邪を引きそうでした。お天気が良ければ富士山が望めるという保田海岸の景観を楽しめて尚楽しい旅になったことでしょう。
2009/10/25 (日) 9:58
固定リンク
コメント (4)
トラックバック (0)
Travel,国内
( Page 4 / 8 )«...<23456>...»