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なぜかタイガーテール

庭の薔薇は一番花、二番花も終わって夏はその後の花弁数が減り小さくなった花がちらほら咲いています。

3週間ほど前に京成バラ園に行きましたら、今を盛りとばかりに咲いている鉢薔薇がありました。それもセールで何と1000円!いまどきこんなに鉢一杯に咲いているなんてと思わずフラフラと買い求め庭に下ろしました。

オレンジに近い明るい赤色に白の絞りです。そしてこの薔薇の名前は「タイガーテール」 え、トラの尻尾?

もしトラの尻尾なら薔薇としては随分無粋なネーミングと思い、あちこち調べてみましたが回答となる記事は見つかりませんでした。

1991年 アメリカ クリステンセン

眼に良い?ブルーベリー

春にスズランのような可愛い白い花を咲かせたブルーベリーが収穫の時期を迎えました。

緑色を帯びた薄い黄色の実がつき次はほんのりと赤く染まっていきます。少女の恥らった頬のようで愛らしいです。

次第に赤みが強くなり濃い青紫色になっていきます。粉を吹いたようになれば収穫のときです。

この写真のブルーベリーはサザンハイブッシュ系で、実が大きく木で完熟すると酸味が薄くなって程よい甘さです。植えてから20年経ってやっと実が楽しめるようになりました。

ラビットアイ系も植えていますが大実の種類ではないのか実が小さく生りも今一です。酸性への土壌改良が必要なのかもしれません。

因みに、ブルーベリーに含まれるアントシアンが網膜に良いというのは学術的に証明されたものではないようです。

ともあれ今朝の収穫は約350グラムでした。ちょっと赤みが残るのは多分酸っぱいです。

艶を競い合う

季節が巡って、植えっぱなしのユリたちが健気に咲いてくれています。

大好きなカサブランカです。

かなりの数を入れたはずですが、なぜか毎年全てが芽を出すわけではないのです。しかも育つ途中で蕾が茶色く萎んでしまうこともあります。今年も3本一輪も花をみないうちにカットしました。他のユリに比べて弱々しい感じがします。

これはピンクカサブランカとして購入したものと思われますが、とてもピンクとは思えません。しかし花つきがよく香りも素晴らしいので◎です。

どちらかといえばこちらがほんのり淡いながらピンクだと思うのですが、いったいなんと言うユリか不明です。

花の形からみるとオニユリ系と思われますが、目に付いた球根を衝動買いする私にははっきりした記憶がありません。

(追記 このユリはカノコユリと判明しました)

スカシユリもありますが、花容、色、香りからみてオリエンタルハイブリッドがgood と思う私です。

梅雨の晴れ間の温泉行き その2

飯坂温泉に宿をとりゆっくりした翌日周辺を観光しながらの帰途です。

飯坂温泉の「旧堀切邸」。

飯坂町を流れる赤川の氾濫を、堀を切って被害を食い止めたことから堀切と称したと言われる堀切家は、日本の近代政治史にその名を残す善兵衛(衆議院議長・駐イタリア大使)、関東大震災後の東京復興に尽力した善次郎(東京市長・内務大臣)、福島経済界に大きな役割を果たした久五郎(衆議院議員)を輩出しました。(福島市観光課)

展示物の中で眼をひかれたのは松平定信の書による扁額です。老中の職を辞し領地白河に戻ってきた時ここを訪れしたためたものだそうです。なかなかの達筆です。この額を掲げた詠帰亭はもうありませんが、この額だけは今に伝えられています。ここに展示されていたのはレプリカだそうですが。

三春の滝桜を一度は見たいと思いつつまだ果たせていません。今は葉桜もとっくに通り越しているでしょうが、ちょっと寄り道してみました。

思った通り人影もなく、滝桜は広い窪地の真ん中で重そうに葉を支えています。

出かけるまでその所在を全く知りませんでしたが、あじさい祭りにひかれて太平山(おおひらさん)に寄ってみました。

第53代淳和天皇の御代、風水害や疫病で人々が苦しむさまに淳和天皇は御心を痛められ、「下野国(今の栃木県)の霊峰三輪山に天下太平を祈る社を造営せよ」との詔を賜り、日の神であり太陽のように命を育む「天照皇大御神」、月のように人々に安らぎを与える「豊受姫大神」、星のように人生の道案内をしてくださる「瓊瓊杵命」、この「日・月・星」の御神徳をあらわす三座の神様をお祀りするために太平山神社が造営されました。(福島市観光課)

千段続く参道の入り口から道の両側におよそ2500株のあじさいが植えられています。あじさいには詳しくありませんが、咲き始めの白や緑を帯びた色合いは見ていて飽きません。

上りきると本殿到着です。

梅雨の晴れ間の温泉行き  その1

前日思いついて宿を予約し、早朝家を出ました。

途中観光しながらのんびりと北を目指します。

ここは「塔の岪(へつり)」という場所です。

大川羽鳥県立公園、大川ラインの一番の景勝地。
なんと、百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返し見事な景観を創りました。(下郷町観光協会)

階段を降りていくと釣り橋が架かっていてその対岸にお社がありますが、そこに行くには巨岩の下を周りこんで行くようです。手すりもなく高所恐怖症気味の私は即刻パスです。

次はこのところよく耳にするようになった「大内宿」です。

江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残した貴重な村です。
街道は会津西街道または南山通りと呼ばれ、 会津若松と日光今市を結ぶ重要な道でした。(下郷町観光協会)

中央の道沿い四十軒ほどの主に茅葺の民家が建ち並んでいて、お土産を売ったりお蕎麦を食べさせてくれます。

道の両側の側溝には透明な冷たい水が流れ、ラムネなどがひやしてあり一時代前を思い出させます。

店先に「じゅうねんあんぱん」なるものを発見。何が十年なのか興味をひかれてお店の方に聞いてみました。「じゅうねん」とはエゴマのことだそうで、エゴマを餡と生地に練りこんであるとのこと。

ふわふわの生地に甘さ控えめのアンパンで、なかなか美味でした。

一番驚いたのは、民家の殆どが商店だったことです。道沿いの民家で商店でなかったのは1軒のみでした。観光化してにわか作りの商店街といった雰囲気が若干あるように感じました。お土産を買いながら店の方と話しますと、店の裏が住居になっていて今でも暮らしているとのことでした。同じ宿場町でも以前訪れた馬込宿とは随分雰囲気が違いました。季節はずれの暑さの中でしたのでそう感じたのかもしれませんが。

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