梅雨の晴れ間の温泉行き  その1

前日思いついて宿を予約し、早朝家を出ました。

途中観光しながらのんびりと北を目指します。

ここは「塔の岪(へつり)」という場所です。

大川羽鳥県立公園、大川ラインの一番の景勝地。
なんと、百万年の歳月をかけて、浸食と風化を繰り返し見事な景観を創りました。(下郷町観光協会)

階段を降りていくと釣り橋が架かっていてその対岸にお社がありますが、そこに行くには巨岩の下を周りこんで行くようです。手すりもなく高所恐怖症気味の私は即刻パスです。

次はこのところよく耳にするようになった「大内宿」です。

江戸時代の宿場の面影を今もそのままに残した貴重な村です。
街道は会津西街道または南山通りと呼ばれ、 会津若松と日光今市を結ぶ重要な道でした。(下郷町観光協会)

中央の道沿い四十軒ほどの主に茅葺の民家が建ち並んでいて、お土産を売ったりお蕎麦を食べさせてくれます。

道の両側の側溝には透明な冷たい水が流れ、ラムネなどがひやしてあり一時代前を思い出させます。

店先に「じゅうねんあんぱん」なるものを発見。何が十年なのか興味をひかれてお店の方に聞いてみました。「じゅうねん」とはエゴマのことだそうで、エゴマを餡と生地に練りこんであるとのこと。

ふわふわの生地に甘さ控えめのアンパンで、なかなか美味でした。

一番驚いたのは、民家の殆どが商店だったことです。道沿いの民家で商店でなかったのは1軒のみでした。観光化してにわか作りの商店街といった雰囲気が若干あるように感じました。お土産を買いながら店の方と話しますと、店の裏が住居になっていて今でも暮らしているとのことでした。同じ宿場町でも以前訪れた馬込宿とは随分雰囲気が違いました。季節はずれの暑さの中でしたのでそう感じたのかもしれませんが。

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お掃除屋さん タニシ

水槽でタナゴを飼っています。

繁殖期のタナゴのオスはエラとヒレが紅色に変わります。もともとの灰色とのグラデーションが照明の下でとても美しく見とれてしまいます。

水槽での飼育につき物のガラス面についた緑色のコケの掃除は一仕事ですが、最近はこの手間が解消されました。

それは

そうです、このタニシの仕事です。最近水槽の新しい住人になりました。ガラス面のコケだけでなく、タナゴに与えた餌の残り、水中の浮遊物なども食べているらしいです。もしかしたらタナゴの糞も。

食べられるとは聞いていましたが、こんな役割も果たしているのですね。

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もう朝顔が

ゴールデンウイークの頃種を蒔いて7月の末に花を開く、というのが私の中の朝顔ですが、最近は温暖化で種を播くのは早めになったようです。

そして早くも6月の10日を過ぎた頃一番花が開花しました。

 自分で播いた種は1粒しか発芽せず、知り合いの方からいただいた苗が花をみせてくれました。

ここ10年くらい朝顔はお休みしていましたが、やはり季節を告げる花は良いものです。

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甘くなりますように

夏の日陰が欲しくて一昨年葡萄棚をかけました。

そして植え込んだ葡萄の苗が順調に育ち今年は実をつけてくれました。

大きな葉が茂り木漏れ日の下のベンチで過ごす楽しみを提供してくれます。

苗は、本当は今流行の「シャインマスカット」が欲しかったのですがあいにく手に入らず「ネオマスカット」を購入しました。

実をつけてくれたので「ま、いいか」と思っています。

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ピエール・ド・ロンサール美しく逞しく

春先に蕾の殆どが虫害にあい泣く泣く摘蕾したピエール君が、再度蕾を持って咲き始めました。

咲き始めは外側の花弁がやや緑色を帯び咲き進むとクリーム色に変わっていきます。この繊細な花の色を持つと同時に花弁はやや厚くしっかりとしています。美しさと強さがこの薔薇の身上だと改めて感じます。

ピエール・ド・ロンサールはフランスルネサンス期の詩人で「抒情詩の父」と呼ばれた人だそうです。貴族の出身、10代の後半方耳の聴力を失いました。ガーデニングが好きでその作品の中に「ばら」と題する詩がありその一節に

酒にばら そそがなん、
そそがなん、酒にばら。
つぎつぎに 飲みほさん、
飲むほどに 胸深き
悲しみは 消えゆかん。

美しき 春のばら、
教えるよ、オーベール、
この時を たのしめと、
若き日の、青春の、
花の間を たのしめと。(井上究一郎訳) とあります。

没後400年以上も経て自分の名前を冠した薔薇が世界中で植えられるなんてうれしいことでしょう。

 

1988年 フランス メイアン

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