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<雲巌寺>
当国雲岸寺のおくに、仏頂和尚山居跡あり。
(中略)
其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、人々すゝんで共にいざなひ、若き人法師の石室をみるがごとし。
啄木も庵はやぶらず夏木立
と、とりあへぬ一句を柱に残侍りし。
芭蕉主従は、鹿島根本寺の住職で江戸深川に逗留したことのある仏頂和尚の住まいのあった雲巌寺を訪ねます。そこには寺つつきと異名のある啄木鳥に破られもせず庵が残っていたそうです。
この俳句の句碑が雲巌寺に建っていました。

ここ雲巌寺は手入れされた庭園をもっていますが撮った写真が何故かボケて・・・。新緑がまぶしかったですし、紅葉の季節もさぞ美しいことでしょう。

奥の細道の旅はまた機会があれば出かけていきたいと思っています。
2010/05/29 (土) 11:41
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<黒羽> 承前
それより八幡宮に詣。与一扇の的を射し時、「別しては我国氏神正八まん」とちかひしも、此神社にて侍と聞ば、感応しきりと覚えらる。暮れば桃翠宅に帰る。
玉藻神社を後にして、芭蕉は那須八幡神社に詣でます。この神社は、屋島の戦で源義経に従軍していた那須与一が平家の軍船に立てられた扇を矢を射るときに「南無八幡大菩薩」と心に念じたその八幡神社だということです。
芭蕉はその話を聞いて「感応しきりと覚えらる」と書き、遥か500有余年前に思いを馳せたのです。

この神社の山門はなかなか美しいものでした。

<黒羽>承前
修験光明寺と云有。そこにまねかれて、行者堂を拝す。
夏山に足駄を拝む首途哉
光明寺は今はなく句碑だけが建っています。

2010/05/27 (木) 10:24
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芭蕉は馬を借りて那須から黒羽に入りました。黒羽に住む浄法寺高勝(俳号は秋鴉または桃雪)の許を訪ね歓待されて13拍14日の長い逗留をします。
<黒羽>
黒羽の館代浄法寺何がしの方に音信る。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語りつゞけて、その弟桃翠など云ふが、朝夕勤とぶらひ、自らの家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ、
浄法寺桃雪屋敷跡に句碑が建っています。「山も庭も動き入るるや夏木立」

その間郊外を散策して、「九尾の狐」伝説で知られる「玉藻神社」を訪れます。
那須の篠原を分けて、玉藻の前の古墳をとふ。
写真は狐の化身である「玉藻の前」が蝉に身を変えて潜んでいたものの、池に写った真の姿を見つけられたという「鏡が池」です。大きな水溜り程度の大きさですが、芭蕉もこの池を見たと思うと感慨があります。

ここにも句碑が建っていました。
秣おふ人を枝折の夏野哉

2010/05/23 (日) 9:13
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芭蕉が歩いた路を辿る旅に誘われて、関東より少し遅い新緑の美しい地を訪ねました。
<那須>
那須の黒ばねと云所に知人あれば、是より野越にかゝりて、直道をゆかんとす。遥かに一村を見かけて行に、雨降日暮るる。
この日芭蕉主従は農夫の家を一晩の宿とします。翌日借り受けた野飼の馬の後を追う少女の名が「かさね」だということを知った曾良は
かさねとは八重撫子の名成べし
と詠みます。その少女の可憐で優しい様子をかさねという名前から、花びらを重ねた八重撫子に例えたのでしょう。
その句碑が黒羽町の西教寺に建っています。

2010/05/20 (木) 21:54
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菅原道真公ゆかりの梅園として観光地となっている越生(おごせ)梅園に出かけました。折り悪しく前日からの雨模様に加えて気温も下がり、梅園の周囲の低い丘から霧が湧いています。そのうち白いものがおちてきました。


梅の花に、冬の名残りの雪が降りそれがすぐに融け露となって滴り落ちていきます。



2010/03/10 (水) 22:24
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