おくのほそ道ちょっとだけ旅その13 高久
江戸を発ってからおよそ2週間、芭蕉主従は黒羽から余瀬を経て高久に入ります。
高久では近辺の大名主高久覚左衛門宅に2日逗留したことが同行の弟子曾良の日記に記されています。
十七日 角左衛門方ニ猶宿。
、現在も続く高久家の広い敷地内に句碑も建っています。
高久を出立する日の「曾良日記」に
十八日 卯尅、地震ス。
とあります。はるか300年前にも曾良日記の記述に残るほどの地震があったようです。芭蕉主従はさぞやびっくりもし慌てもしたでしょう。そう想像すると親近感が湧いてきます。

2011/10/19 (水) 1:23 PM
anneさん、こんにちは。
今日は、寒くなりましたね。
さっそく腰にカイロをはりました。(軟弱です)
おくの細道の旅は、この時期はいいでしょうね。
句碑がある場所も雰囲気がありますね。
地震の国、日本ですね。 300年前にも怖い思いをした芭蕉一行、
どんな様子だったのでしょうね。 想像するのも楽しいですね。
2011/10/20 (木) 7:44 AM
アンさん コメントありがとうございます。
季節が変わっていくのが肌で感じられ、今朝は秋というより冬の感じです。
お寺の境内などに建っている句碑は管理が行き届いていますが、句碑の多くはあぜ道にぽつんと建っていたり、林の奥に苔むしていたりです。
時代の流れや人の心のあり方をじみじみと感じることが多いです。
今回の旅は、震災の跡がそこここに残り感慨深いものになりました。